公共文化施設によるアウトリーチ活動と都市の文化と創造性について

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都市政策事例研究レポート

 

公共文化施設によるアウトリーチ活動と都市の文化と創造性について

 

0.はじめに

 本稿は、公共文化施設による地域や学校へのアウトリーチ活動について、世田谷パブリックシアター、厚木市文化会館、 小出郷文化会館の事例を取り上げ、社会における公共性・便益、都市におけるソーシャル・ガバナンスの観点から、その意義を考察し、 論じるものである。公共文化施設の活動に絞り考察するなかで、今後の文化都市政策のあり方について考えてみたい。

 

 

 

1.アウトリーチ活動の取り組み

 アウトリーチ活動とは、劇場やホールもしくは、アーティストや芸術団体等が、通常の公演とは異なる形で、 芸術や文化を市民や地域に届けようとする取り組みをいう。これらは、芸術・文化を社会に開き、理解を促進する試みとして注目を集めている。

 「アウトリーチ(Outreach)」 とは、「①手を伸ばすこと、手を伸ばした距離、手の届く範囲、②特定集団[社会]の健康管理・ 就職・社会活動などなにからなにまで手を貸すこと、至れり尽くせりの救済[奉仕]活動」 を指す。(リーダーズ英和辞典 第2版)このことから転じて、文化施設や芸術団体では、芸術・ 文化に触れる機会の少ない市民や学校、地域に対して働きかける活動を、広くアウトリーチ活動と呼ぶようになった。

 

 本来、美術展や演劇、演奏会などを鑑賞するのは、もともとそれらに関心のある人々に限られている。日頃、芸術や文化に関心の少ない、 触れる機会の少ない市民に積極的に働きかけることによって、鑑賞者・顧客の裾野を広げていこうというのが目的である。とくに、子どもたちは、 将来の観客として、その育成が期待されている。

 

 また一方で、公的な文化施設がサービスの対象を広げようという取り組みが見られる。これらは、顧客の育成という商業的観点を超えて、文化・ 芸術を広く共有することによって、その公共的便益をはかることを目的としている。施設に足をなかなか運べない障害者や高齢者、 生活が逼迫しなかなか文化に触れる機会のない市民などにも、文化・芸術を届けることができるのである。

 

 

2.文化水準の向上と創造的な都市をめざして

 次に、地域・住民の文化水準の向上が、都市の創造性にどのように寄与するか考えてみたい。欧州では、 芸術文化が持つ創造的なパワーを生かし、社会の潜在力を引き出そうとする考えがある。 「自由で創造的な芸術文化活動と文化インフラの充実した都市こそは、イノベーションを得意とする産業を擁し、解決困難な課題に対応した 「創造的な問題解決力」を育てることができ、「その連鎖反応が既存のシステムを変革する」」(欧州創造都市研究グループ)つまり、 創造的な芸術文化活動と文化インフラをもつ都市が、地域のイノベーションを可能にする、ということである。

 このような創造都市論をとりあげるまでもなく、地域に引き継がれた独自の文化が、ローカル・アイデンティティを生み、 その地域の独自性と創造性の源になることは、疑う余地はないだろう。

 

3.芸術普及活動の内容と実施状況

 財団法人地域創造では、芸術普及(アウトリーチ)活動のタイプを下図のように分類し、その具体例を挙げている。 それぞれの事例は複数の要素が複合されたものとなっており、正確な分類を行うのは困難である。

 

出典:財団法人地域創造『「アウトリーチ活動のすすめ」地域文化施設における芸術普及活動に関する調査研究』 2001年3月, p14

 

 

 Image1

 

 

 また、右図をみると、調査の対象となった施設のうち、過半数Image2の施設が、地域派遣型の事業や体験・創作型のワークショップを行っていることがわかる。子ども、 青少年、親子向けの事業も多くあり、教育的価値に重きをおいている一面がうかがえる。

一方、劇場・ホールと美術館を比較すると、実施されている普及活動の傾向が異なり、美術館のほうが普及活動が進んでいるようである。

 

 

 

 

4.アウトリーチ活動の事例

①世田谷パブリックシアター

 世田谷パブリックシアターでは、学校との連携事業として、「世田谷パブリックシアターが学校にやってくる!」 と題したプログラム派遣事業や、「古典芸能鑑賞教室」などを開催している。また、教育普及活動として学芸係を設置し、 劇場ツアーやレクチャー、小中学生や障害者を対象にしたワークショップなどを開催している。目立った事業としては、英国ロイヤル・ ナショナル・シアターからワークショップ・リーダーを招き、日本の指導者にナショナル・シアターの手法を伝えていく試みや、 参加者が世田谷を取材し、作品づくりを通じてまちを見つめなおす「地域の物語 ワークショップ」などがある。 このように海外の先進的な取り組みを紹介したり、演劇を通じて地域の理解を深めることで、 地域の担い手や指導者を育てていくことができるだろう。

 本施設では、ホールコンセプトそのものにアウトリーチ活動が備わっている。

 

②厚木市文化会館

 厚木市文化会館では、劇団扉座による小学校への演劇出前ワークショップ「シアタープロジェクト」を実施している。 開始後3年目に教育委員会事業に発展した。また、市民応援団という住民による組織により、公演チケットの販売、宣伝活動、 資金の提供などを行っている。今後は、市民応援団によるシアタープロジェクトの運営も考えているという。市民による自発的な活動になれば、 地域により活気がでると期待ができる。

 

③小出郷文化会館「広域アウトリーチからまちづくりへ」

 小出郷文化会館は、任意研究会「文化を育む会」によって、コンセプトづくりからホールの建設が行われた。 このメンバーが開館後も運営の核になって活動している。したがって、すべて住民主体で運営されており、 ホールで実施する事業もすべて4つのコンセプト (①いきいきとした子どもたちの感性を磨く、②地域における芸術文化の核施設として機能する、③さまざまな地域の交流を行う、 ④世代を超えた環境づくり)に基づいて企画、 実行される。

年間の運営をきめる「企画運営委員会」、照明や音響を担当する「ステージスタッフ」、財源不足を補う「サポーターズクラブ」、住民自ら企画・ 運営する「住民プロデューサー」、会報誌の発行や事業協力を行う「友の会」などのも「文化を育む会」から生まれたものである。

 

 本施設が派遣するアウトリーチ活動は、広域事業組合の6町村すべてに対して行われ、内容的にも特徴のあるものとなっている。たとえば、 第一弾の企画では、国道291号城山トンネルで 「バイオリンとフルートの夕べ イン 城山トンネル」を開催。トンネルという特殊な場所を選定したことにより、多くの住民に興味を与えることになる。

 守門村議会議場で行った声楽コンサートでは、事前に合意形成を行っており、村長、教育委員会、議員、議会事務局など、 さまざまな人とのかかわりのなかで、イベントが行われた。

 このようにして、小出郷文化会館では、広域のアウトリーチ活動が、住民主体によるまちづくりへとつながっているのである。

 

 

5.地域文化施設によるアウトリーチ活動とこれからの方向性について

 これまで見てきたように、公共文化施設によるアウトリーチ活動は、地域の活性化において多様な可能性を秘めている。 従来の公共文化施設では、鑑賞事業、展覧会、貸しホール、市民ギャラリーといった、「芸術の享受者としての観客に対するサービスと、 自ら文化活動を行う市民に対する施設や機会の提供」という二つの枠組みに過ぎなかった。このような運営のなかでの「公共性」は、 芸術や文化に関心をもつ層の中での公共性に限られていたとも考えられる。しかしながら、アウトリーチ活動は、 もうひとつの大きな枠組みをもっている。これまでの対象とならなかった市民も含めた公共性を、文化施設と地域にもたらす可能性をもっている。

 そしてさらに、芸術や文化を媒介にして、市民や地域、自治体と地域・住民との協働を生み出す可能性をももっているのである。 ここでみられる協働の形は、市民による自発的なアソシエーションと、地域におけるガバナンスである。 最後の事例で取り上げた小出郷文化会館のように多様な住民主体の組織によって、施設が運営され、地域にアウトリーチされることで、 まちづくりへの可能性が期待されるのである。このような活動が、独自の文化の発露となれば、 地域のアイデンティティの創出もなされるにちがいない。

 

  

【参考文献】

●財団法人地域創造『「アウトリーチ活動のすすめ」地域文化施設における芸術普及活動に関する調査研究』 2001年3月  http://www.jafra.nippon-net.ne.jp/publication/report/r_h12/01/index.html

●(財)多治見市文化振興事業団 芸術普及プログラム おんがくのたね特集 「アーティストが学校にやってきた!」 http://www.c-5.ne.jp/~jigyodan/bunbun/29/case1.htm

●横浜芸術文化振興財団HP http://www.yaf.city.yokohama.jp/

●世田谷パブリックシアターHP http://www.setagaya-ac.or.jp/

●ニッセイ基礎研究所HP http://www.nli-research.co.jp/

 ・「アートと市民・子どもをつなぐ「アウトリーチ活動」-芸術による社会サービスの可能性」 吉本光宏 ニッセイ基礎研REPORT 200110

 ・「文化施設・文化政策の評価を考える―創造的評価に向けて―」吉本光宏  ニッセイ基礎研REPORT 2005年6月

・「芸術NPOの新たな潮流―サービス型NPOに見る可能性」吉本光宏 ニッセイ基礎研REPORT 2003年1月

 ・「芸術文化による廃校の活用を考える―地域・都市の交流・再生拠点の形成を目指して―」 柄田明美 ニッセイ基礎研REPORT 2006年1月

●文化庁 文化振興マスタープラン

http://www.bunka.go.jp/1aramasi/main.asp{0fl=list&id=1000001135&clc=1000011181{9.html

●神野直彦/澤井安勇『ソーシャル・ガバナンス―新しい分権・市民社会の構図』東洋経済新報社、2004年2月

●苅谷剛彦他編『創造的コミュニティのデザイン―教育と文化の公共空間』有斐閣、2004年1月

 

 

 

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このページは、Masahiro Ohkuboが2006年1月31日 22:07に書いたブログ記事です。

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